第三ステージに入る中国PE課税

2010-09-16

第三ステージに入る中国の P/E 課税

1.はじめに

P/E とは、Permanent Establishment(恒久的施設)の略語であり、非居住者の事業拠点を表す税務用語です。
何故、P/E という概念が、国際課税において重要かというと、本来、国内で課税対象とはならない非居住者の事業所得でも、国内に P/E が構成されており、それを通じて事業を行っている場合は、非居住者でも課税対象となる為です。
つまり、P/E の有無が、非居住者の納税義務に直接的な影響を与える事になります。
P/E は、実際に登記された事業拠点(支店、工事事務所、その他)だけでなく、一定の要件を満たす代理人、更には、長期的な出張者派遣等に関するみなし認定もあり、判定が複雑です。
ただ、今まで中国では、本格的な P/E 課税の動きは、あまり行われておらず、みなし P/E 認定も、限定的な形でのみ行われてきた感があります。 これが、今年に入り、非居住者に対する課税強化の方針が打ち出された事、その一環として、「非居住者の請負工事と役務提供の税収管理暫定弁法(国家税務総局令 2009 年第 19 号)」等が公布された事により、今後、P/E 課税の本格化が懸念されます。
ここでは、1980 年代から今までの中国における P/E 課税の経緯、国家税務総局令 2009 年第 19 号の施行により想定される動きを解説します。 尚、日本からの中国展開を想定し、P/E 概念は、日中租税条約を基としています。

2.恒久的施設(P/E)と中国の特殊性

前述の通り、P/E は、非居住者の納税義務を判定する重要な概念ですので、どの租税条約にも、その範囲が明記されます。
租税条約における P/E の一般概念は、「事業を行う一定の場所で、企業(非居住者)の事業の全部又は一部を行っている場所」という表現がされています。
つまり、日本企業が中国で事業を行う場合を例に取れば、「日本企業の体の一部(分枝機構)が中国にあり、そこが実態のある事業を行っている場合は、そこは日本企業の P/E である」と考えればよいと思います。
そして、一定の要件を満たす場合は、日本企業(非居住者)であっても、P/E に帰属する事業所得が、中国で課税を受ける事になります。
日中租税条約(第 5 条)では、以下の通り、P/E を定義しています。

  • 事業の管理の場所・支店・事務所・工場・作業場・採掘場・ 6 ヶ月を超える工事・注文取得代理人。

因みに、法人は独立した存在と見做されますので、原則として(代理人 P/E 認定を受ける場合を除き)、現地法人は、非居住者の P/E とは見做されません。

では、日中租税条約に列記される P/E(分枝機構)を、外国企業が中国に開設できるか、という点ですが、その範囲は、実務上極めて限定されます。
これは、外国企業の支店は、金融機関を除いて開設が認められていない事、更には、請負工事遂行の為の工事事務所の開設も、現在では禁止されており、工事遂行の資格を有する現地法人の設立が要求されている為です。
因みに、来料加工の様な加工形態も、中国法人に加工委託をする形態で、外国企業が直接中国内で加工を行っている訳ではなく(注)、分枝機構には該当しません。
注:珠江デルタ型来料加工は、形式的には中国企業に加工委託を行うものの、工場の経営を、外国企業が行っている為、P/E 認定される可能性があります。

よって、外国企業の分枝機構(法人形態を取らない、外国企業の直接的な拠点)は、実務上は、常駐代表所にほぼ限定されます。 ただし、常駐代表所は、営業活動を禁止され、日本企業(本店)の為の補助的活動のみを認められた形態ですので、日中租税条約(第 5 条)に基づけば、P/E には該当しません。

以上の通り、中国では、「非居住者の分枝機構の開設が、極めて制限されている事」、更には、「中国内で非居住者がビジネスに参画する事が原則として禁止されており、制度的(許認可・税制・外貨管理制度)にも厳しく管理されている事」により、P/E 課税の議論があまり生じなかったものとも言えます。

ただし、過去にも、特定の状況で、P/E 課税が強化された経緯があります。
それは、常駐代表所に対する P/E 認定(1980 年代中盤)、長期出張者に関する P/E 認定(2005 年より)という動きです。

3.常駐代表所の P/E 認定(第一ステージ)

常駐代表所は、活動範囲を、本社(外国企業)の為の補助的活動に限定されており、収益獲得活動を行う事ができません。
その為、原則的には、日中租税条約に基づき、P/E には該当しない(企業所得税・営業税の課税対象外)事になります。
ただ、現実には、常駐代表所が、本店(外国企業)の契約書に代理署名する等、営業活動に近い行為が散見され、結果として、「特定の常駐代表所の活動範囲は、補助的活動を超えている」という理由で、P/E として認定する動きが、1980 年代中盤にありました。
P/E 認定を受けた常駐代表所は、企業所得税・営業税の納税が義務付けられますが、常駐代表所の記帳は、経費のみの簡単なもので、帰属する収益を合理的に算定する事が困難です。
この為、経費を基に、みなし所得を算定する方式(経費課税方式)が考案され、現在に至っています。
ただし、原則論からすれば、企業所得税・営業税の納税が要求されるのは、活動が補助的範囲を超える常駐代表所であり、実際、補助的活動に限定される場合は、租税条約に基づいて、P/E とは認定されません。
実際に、所管税務局から免税認定を受け、企業所得税・営業税を免除されている常駐代表所は、少なからず存在します。

4.技術者派遣に伴う P/E 認定(第二ステージ)

技術者の長期派遣に伴う P/E 認定の動きが、2005 年頃より始まりました。
これは、個人所得税の徴税を目的とした、変則的な P/E 認定の動きです(注)。
注:P/E は、本来、企業所得税の納税義務判定の為の概念です。

日中租税条約上、6 ヶ月を超過する工事は、P/E に該当する事は、前述の通りです。
この工事には、登記された請負工事現場のみならず、工事に付随するコンサルティング業務も、P/E の範囲に含めています(注)。
注:日中租税条約の議定書では、「出張者が、機械・設備の販売、又は賃貸に関連するコンサルティング役務を提供する場合には、P/E 認定は行わない」と規定していますが、これはあくまでも補助的役務の場合に限定されており、出張者が、「工事の指揮権を持っている場合、全面的な技術責任を持っている場合」は、P/E 認定の対象となる事が規定されています。

これに基づいて、外国企業が中国企業と技術指導契約を結び、6 ヶ月超の期間技術指導を行う場合、P/E 認定が行われるケースが増加しました。
実務上の P/E 認定は、「技術指導料の送金者が、対外送金用の証憑として納税証明(源泉徴収証明)を取得する際に、関連する契約書の期間が 6 ヶ月超の場合、税務局が受益者(非居住者)の P/E 認定を行う」というステップで行われるケースが殆どです。

この P/E 課税の動きの特殊な点は、本来、主たる目的である筈の企業所得税、更には、営業税の課税には影響を与えず、個人所得税の納税要求に繋がる事です。
具体的には、中国企業(現地法人を含む)が技術指導料を滞在送金する際に、企業所得税・営業税は源泉徴収課税が行われますが、この税額に付いては修正が行われず、派遣される非居住者の個人所得税の納税要求のみが行われます(日本法人が給与を全額負担しており、各人の滞在日数が、暦年 183 日以内の場合であっても)。

この理論展開は、中国の個人所得税関連法規(国税発[1994]148 号)が、「中国内の機構が、企業所得税を納税していない場合、及び、みなし課税方式で企業所得税の納税を行っている場合、実際の支払方式の有無に拘らず、帰属する人員の給与の一部(中国滞在に応じた日数)は、P/E が負担しているとみなす」事を規定している事によるものです。
この場合は、長期出張に伴うみなし P/E 認定であり、当然、実質所得課税は受けていませんので、帰属する人員(=出張者)の人件費の一部は、みなし P/E が負担しているものとみなされ、結果として、(租税条約の規定に基づき)183 日ルールの適用対象外となり、各人の滞在日数が、たとえ暦年 183 日以内であっても、滞在日数に対応する部分の納税義務が発生する訳です。

5.今後想定される P/E 課税強化の動き(第三ステージ)

2009 年早々、「非居住者の税収管理を一層強化する作業の通知(国税発[2009]32 号)」が公布され、非居住者課税強化の動きが明確に打ち出されると共に、各種の実施弁法が施行されています。
これにより、今までとは違う、本格的な P/E 課税の動きが生じる事が懸念されています。
特に注意を要するのは、「非居住者の請負工事と役務提供の税収管理暫定弁法(国家税務総局令 2009 年第 19 号)」です。
当該弁法の対象となるのは(第 3 条)、「非居住者が行う中国内での請負工事(建築・据え付け・組み立て・内装・修繕・装飾・調査)、役務提供(中国内での加工・修理・輸送交通・倉庫保管・経営コンサル・設計・文化体育・技術サービス・教育教練・旅行・娯楽その他のサービス)」ですが、これらの活動の殆どは、非居住者(中国内に機構を有する非居住者を含む)には認められていません。
よって、実際には、機器販売+監督役務(Supervising 役務、以下 SV)形態での実質的な請負工事、長期出張ベースでのコンサルティング・技術指導等、各種の形態の活動、つまり、分枝機構を開設しない、間接的な活動を対象としているものと判断できます。

当該弁法に規定する契約を結んだ場合、非居住者は、30 日以内に契約書を所管税務局に登記する事が義務付けられ(第 5 条)、企業所得税の申告納税(四半期予納・年次確定申告)と、作業完了時の精算を行う事が義務付けられています(第 12 条)。
非居住者が、この様に中国内で申告納税を要求されるのは、P/E 課税に他ならず、分枝機構を持たない非居住者でも、この様な手続が必要となるのは注意を要する動きです。

租税条約との関係を考えると、当該弁法の対象となるのは、6 か月以上役務提供(P/E 認定される場合)と判断されますので、単発的(短期間)なコンサルティング・技術提供契約、更には、中国外から情報提供等の形で役務提供する場合は、当該通知の対象外と推察されますが、それを超える場合は、弁法の対象となります。

また、増値税・営業税等の流通税に付いても、中国内に機構を有する非居住者の場合は当該機構が申告納税を行いますが(第 19 条)、ない場合は、代理人、若しくは、請負工事・役務契約の受益者、発注・購入者が源泉徴収納税を行う事が義務付けられています(第 20 条)。

当該弁法に定められた内容は、源泉徴収形式で納税が完了する様なものに付いても、契約書の提示・登記、進捗状況の報告と税務申告が要請される内容となっており too much な内容とも言えますし、実務運用がどの程度規範化されるか疑問が残ります。
ただ、機器販売+ SV 方式での工事対応に関して、課税の範囲が機器にまで拡大する(P/E の範囲が、請負工事全体に広がる)可能性、恒常的な技術提供・コンサルティング役務の提供が、P/E 認定に繋がる可能性など、P/E 認定のリスクが拡大する危険性を持つのは確かです。
親子間のコンサルティングフィー・技術指導料の送金に付いても、役務提供期間が 6 ヶ月超であれば登記の対象となりますし、短期間であっても、恒常化すれば規制の対象となる可能性が高いと言えます。
何れにしても、親子間の受け払い管理が、従来以上に厳格化される事が予想されますので、役務内容・送金額の妥当性に注意すると共に、登記手続等の実務面を、所管の税務局に確認する必要があります。

因みに、P/E 認定が行われ、申告納税が義務付けられた場合、どの様なに所得申告をするかが、今後問題になると思われます。
例えば、役務提供の場合、役務料の対外送金に際しては、送金時に企業所得税・営業税の源泉徴収課税が行われますが、実際の税額はこれで確定し、手続として、四半期申告・確定申告を行う(納税額は変わらず、申告手続が追加されるのみ)というのが一つの考え方です。

他の可能性としては、当該活動に関わる所得を算定し、通常の企業所得税率(25%)で申告納税を行う方法です。
これは、工事(機器+ SV)等の様に、売上金額・契約金額等、収入総額は分かるものの、関連する経費・原価が算定できない場合等が、適用における代表例です。
この様なみなし課税方式が行われる場合、どの様なみなし利益率が採用されるかですが、「企業所得税課税所得率の調整に関する通知(国税発[2007]104 号)」には、以下の通り規定されています。

  • 農林水産業  3 ~ 10%、 製造業 5 ~ 15%、卸売・小売業 4 ~ 15%、物流・運輸業 7 ~ 15%、

建築業 8 ~ 20%、飲食業 8 ~ 25%、娯楽業 15 ~ 30%、その他 10 ~ 30%